普通でありたい。

大きな事件が起こり、

心が大きく揺れた・・・・。



25歳の社会人である加害者。

答えが見えるはずも無いのに「何故」という言葉しか浮かばない。


・・・自分は、どんな25歳だっただろうか・・・・


結婚2年目だったあの頃。

仕事に夢中で、サービス残業に明け暮れ、

家賃8500円の、ボロボロ市営住宅に住み、

休日は、ふたりで出かけ・・・・・


たぶん、その時はその時で、不安や不満もたくさんあっただろう。

けれど、覚えていない。

幸せだったのだ。

ごく、普通に、幸せに過ごしていた記憶しかない。

加害者に重ね合わせられる部分など、ひとかけらも無い。


その事は、当然なのだろうか。

それとも、幸運なのだろうか・・・・


私は、

普通でありたい。

時に楽しく、時に困難で、時に面倒くさく、時に嬉しく、時に悲しく、

時に憎らしく、そして、愛おしく。


全ては、幸せに繋がっていると信じている。

普通である事に、こうして、幸せを感じていたい。



自分以外の命は、

全く価値が無いと考える気持ちは、どうして生まれてしまうのだろう。


自分がしでかした事に、

自分を知る人はきっと「まさかアイツが・・・」と、言うだろう。

と、この加害者は知っていた。

自分を客観視できたのではないのか

それなのに、何故。


平常心と狂気が、メビウスの輪のように、繋がっていたのか・・・。


私は、理解などしない。

加害者の環境がどうあれ、考える余地も無い。






かけがえの無い多くの命が犠牲となった事の無念。

その命を、否応無しに見送らなければならない人たちの痛み。

それだけを思う。











この記事へのコメント

2008年06月12日 03:45
初めまして。
私も今回の事件を知って思いました。
何でもない日常を過ごしていることがどれだけ幸せかと。
加害者にとって刺した相手は一体何だと感じていたんでしょうね。
自分と同じ人間であると分かっていたんだろうか。
考えても答えは出ないんですけど、それでも犠牲になられた方及び亡くされた方の気持ちを思うと、とても残念でなりません。
どうか二度と同じ様な事件が起こらないことを願うばかりです。
すばる
2008年06月13日 17:47
ちるちるさん、いらっしゃいませ♪
最近、高2息子が、秋葉原へ遊びに行く事を覚えたばかりで・・・ゾッとしました。
生きる事がイヤになったのなら、一人で消えて!!
こういう事件が起きて、加害者の勝手な言い訳を耳にすると、そう叫んでしまいそうになります。
2008年06月16日 19:03
そうなんですか。
息子さんが…と言うこともあり得たんですね。
私もぞくっとしました。

…私もそう思います。なぜ他の人まで巻き込んでしまうのでしょうか。悲しいですね。
すばる
2008年06月17日 06:30
田舎もんさん、
幼児がダダをこね、八つ当たりしたのと、同じレベルの加害者です。
ただただ、ワガママです。
心が幼児のまま、体だけ大人になった人間は、きっとたくさんいる気がする。
幼児期に育つべきものを育てず、大人になってからで十分間に合う事を押し付けて教育する親が増えている
そんな気がするなぁ。
カモちゃん
2008年06月19日 21:29
本当に心の成長がないまま大人に
なったんでしょうね。
私の25歳は仕事しながら大学行ってました。
高校出て看護学校行ったから
大学に行きたくて年下のこと一緒に学んでました。
1日24時間じゃ足りなかったくらい・・・
がむしゃらでした。
若いときってエネルギーが
有り余っているから、無限の可能性があるのに
加害者には
そのエネルギーを間違ったほうに使ってほしくなかった。
子供の頃の教育って大切だと思います。
押し付けや詰め込みの教育じゃなくて
感性を育ててほしいです。
(などといっても自分も子供に
押し付けてるのかな~反省!)
すばる
2008年06月22日 07:00
カモちゃん、
苦労やコンプレックスなんて、あって当然ですよね。
嫌なヤツだと感じる他人だって、いるほうが当たり前。
自分より幸せに見える人だって、不幸に見える人だって、ざらに居る。視線を変えれば、それは全部ひっくり返ってしまったりする。
そういう感覚は、机上での学習なんかでは育たない。
大人に見守られながら、子供のうちに身につけていくものだと思います。
そういう「普通」の感覚を育てる「貴重な体験」をどれだけさせてやれるか。楽な人生を用意するのではなく、豊かな人間に育てたいと思うわけです(^^;)

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